iPadやキンドル、電子ブックは本当にエコ?

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(Photo courtesy of Apple)

アップルのiPad、アマゾンのキンドル、バーンズ&ノーブルのヌックと、新たな電子ブックリーダーが次々登場し、活気づく電子ブック業界。

中でもアマゾンは、6月の電子ブック売上がハードカバーの1.8倍、4-6月総計では1.43倍と、いよいよ電子ブックがハードカバーを追い抜いたことを発表。
さらに、キンドルの価格を259から189ドルに下げたことで、本だけでなくキンドル自体の売上も3倍増になったとのこと。

昨年末にヌックを発売した米最大手の本屋チェーン、バーンズ&ノーブルでも、今年3月に就任した新CEOウィリアム・リンチ氏が、同社ウエブサイト事業のトップ且つヌックの立ち上げを指揮した人物であるなど、電子ブック市場に力を入れていることがわかります。

消費者にとっても、重い本より薄くて軽い電子ブックリーダーの方が、持ち歩くにも保管するにも断然便利。さらに、紙を作るために森林を伐採しなくて済むので、電子ブックは環境優位性もあるといわれています。

でも、本当に紙の本より電子ブックの方が環境面で優れているといえるのでしょうか。

キンドルの発売以降、こうした疑問がアメリカ中で駆け巡り、さまざまなメディアや団体が電子ブックの環境負荷に対して意見や研究結果を発表しています。

各社の調査結果

たとえば、リサーチ会社のクリーン・テック社が昨年発表したレポート。
同レポートでは、紙の本が電子ブックになると、木材を伐採する必要がなくなり、CO2排出量も大幅に削減されるとしています。

2008年の米国の本・雑誌業界が伐採した木は1億2,500万本、そして、本一冊が生産されてから廃棄されるまで、本のライフサイクル全体でのCO2排出量は平均7.46kg(オンライン購入した場合の数値。車を運転して本を購入しに行った場合は排出量は2倍)、電子化することで、この数値が一気に下がるとのこと。

たとえば、月に3冊電子ブックを購入する平均的なキンドルユーザーの場合、本と比べて年168kgのCO2を削減したことになるのだそう。

さらに、月3冊だけでなく、キンドルが収納可能な最大容量まで電子ブックを購入した場合には、削減効果は11,185kgに(キンドルDXだと26,098kg)。
そして、上記平均値を2009-12年の間に販売されるであろう電子ブック総数に換算すると、4年間で99億kgのCO2削減効果が期待されるとのこと。

続いて、グリーン・プレス・イニシアティブとブックインダストリー・スタディグループによる本業界の環境への影響レポート。

こちらは、紙本と電子ブックの比較ではなく、紙本の環境負荷を発表したものですが、同レポートでは、紙本1冊につき排出されるCO2量は8.85パウンド(4.01kg)と、クリーン・テック社より少なめの試算をしています。

内訳は、森林への影響が62.7%、紙生産・印刷工程が26.6%、埋立廃棄によるメタン排出が8.2%、物流・小売工程12.7%、出版社のオフィス業務6.6%、そして逆に、本の再利用などによるCO2吸収分が-16.8%としています。
つまり、紙の本では、森林伐採によるカーボンフットプリントが圧倒的に高いということです。

電子書籍と紙媒体のライフサイクル・アセスメント

もうひとつは、ニューヨークタイムズ
「EQ(原題:Emotional Intelligence)」や「エコを選ぶ力(原題:Ecological Intelligence)」の著書であるダニエル・ゴールマン氏と、ライフサイクルアセスメントの専門家であるグレゴリー・ノリス氏が、電子ブックと紙本のライフサイクルアセスメントを行い、比較結果を発表しています。

素材、製造、物流、使用、廃棄と、商品ライフサイクルの5つの工程において、ざっくりとではありますが両者を比較検討しています。

素材工程では、
電子ブック:

  • 鉱物抽出物使用量(マザーボード製造用)-33パウンド
  • 水使用量(バッテリやプリント基板製造用)-79ガロン

紙本(リサイクル紙の使用を仮定):

  • 鉱物抽出物使用量-2/3パウンド
  • 水使用量(パルプ製造用)-2ガロン

と、紙本が圧倒的に優位です。

ただし、リサイクル紙を前提としているので、森林伐採時のCO2排出量は加味されていないようです。ブックインダストリー・スタディグループのレポートでは、紙本では森林伐採時の環境負荷が最も高いとされていますから、バージンパルプ利用での比較も行うべきでしょう。

製造工程では、
電子ブック:

  • 化石燃料使用量-100kWh
  • CO2排出量-66パウンド

紙本(リサイクルか否かは問わず):

  • 化石燃料使用量-2kWh
  • CO2排出量-電子ブックの1/100

と、ここでも紙本が圧倒的優位。

また、製造工程における人体への影響(製造時に排出される窒素や硫黄酸化物など粒子状物質に晒されることにより、労働者が喘息や早死を起こす危険性などを測定)も、電子ブックが紙本より70倍大きいとしています。

一方、輸送工程では、電子ブックに軍配が上がります。
電子ブックはデータの移動が主であり、モノの移動はリーダーを購入した時のみになるので、物流時の環境負荷は紙本と比較してかなり少なくなります。

紙本の物流時の環境負荷は購入条件によって大きく変わるようですが、たとえば、インターネットで本をオーダーし、500マイル(804.7km)離れた場所から航空便で輸送された場合は、環境汚染と廃棄物排出量が生産時と同じになるのだそう。
車で5マイル(8km)離れた本屋に行って購入して帰ってくる場合は、生産時の10倍の環境汚染と資源枯渇要因になるとのこと。
飛行機より車の方が負荷が高いという結果になっていますが、オンラインオーダーの方がまとめて輸送されるので、1冊当たりの負荷が小さくなるということでしょう。

また、300マイル(482.8km)離れた場所に車で本を買いに行く、あるいは累積で300マイル分の車移動があると、健康面での負荷が電子ブックを製造する時と同じだけかかってしまうのだそう。
つまり、5マイル先の本屋に車で6回以上行けば、紙本が電子ブックの健康面での負荷を上回ってしてしまうということです。

使用段階では、電子ブックは充電しないと使用できませんので当然不利ですが、読む時間帯によって比較結果は変わります。
たとえば、昼に自然光の下で読むならば、電気を使用しない紙本は全く環境負荷がかかりませんが、夜に電灯の下で読む場合は電力を必要とするので状況は変わってきます。
電子ブックを充電するために必要な電力は、電灯を1-2時間程点けた場合と同じくらいだそうなので、夜に紙本を1-2時間読むのと、昼に電子ブックを読むのとでは負荷は同じになるということです。
ただし、昼夜まったく同じ条件であれば紙本が優位なので、この工程では紙本優位といって良いでしょう。

最後に、廃棄・リサイクル段階では、電子ブックはリサイクル、本は埋立廃棄という前提でアセスメントしています。
電子ブックは、違法に解体・リサイクルすると有毒物質に晒されることになるので労働者の健康面に影響がありますが、処分時に高温焼却や適切な排ガス規制を行えば、影響は大幅に削減されるとのこと。
一方、紙本を埋立廃棄すると、生分解の際に生産時の2倍の温室効果ガス排出と水資源の汚染があるのだそう。
この工程では、両者の前提が異なりますし、比較項目が健康面と環境面とで異なっているので、どちらがどれだけ負荷が高いかという結論は出ていません。

というように、公表しているデータや情報はごく一部のようですが、ゴールマン氏とノリス氏は、このアセスメントの結果を次のように論じています。

"化石燃料・水・鉱物の使用量という観点では、電子ブックで40-50冊分の本を読めば紙の本と同等の負荷になる。同様に、地球温暖化という観点では100冊分、人体への影響という観点ではその中間くらいの冊数を電子ブックで読む必要がある。
ただし、最近は 紙本・電子ブックともに環境・社会的負荷を抑えた生産方法が導入されているので、上記計算結果は今後改良されていくだろう。たとえば、紙本の生産では、リサイクル紙や管理された森林からの木材、ソイインクの使用、あるいは非塩素漂白など、電子ブック生産では有害物質の使用率削減、労働条件の向上など。
しかし、最も環境にやさしい方法は、近くの図書館に歩いて本を借りに行くことだろう。"

やはり、サステナビリティの基本である「共有(=図書館)」という仕組みが、最も環境負荷が小さくなるということのようです。

電子ブック40-100冊に達するには、一般消費者が平均月3冊本読むというクリーン・テック社の試算に基づけば、1-3年強が必要。
現代社会ではこの手の電子デバイスの耐久年数は2-3年でしょうから、結局電子ブックも紙の本も環境負荷はあまり変わらないということになるのかもしれません。
ただし、電子ブックリーダーを製造するメーカーが耐久年数を10年くらいに上げる、あるいは、私達消費者が次々に新しい電子機器を購入する習慣をやめ、壊れて使えなくなるまでモノを大切に使うようになれば、電子ブックの優位性が発揮できるはずです。

問題は、電力の種類?

また、環境団体のグリーンピースは、ICT(情報通信技術)/クラウド・コンピューティングの環境負荷に関するレポートで、再生エネルギーの重要性を強く訴えています。
このレポートは電子ブックと紙本とを比較したものではありませんが、ICTやクラウド・コンピューティングによるCO2排出量は大きなものであり、今後この領域が拡大し電子デバイスが増えれば増えるほど、データセンター、ネットワーク、デバイスすべてにおけるエネルギー使用量が増加するので、早期に化石燃料から再生可能エネルギーへと変えていかなければならないと主張しています。

再生可能エネルギーへの移行を実現するには、メーカーだけでなく消費者の意思も大切です。アメリカでは消費者が自らの意思で使用するエネルギー源を選ぶことができますから、自宅の電気を再生エネルギーに変えたり、電子機器の充電器を太陽光利用のものに変えるなど、自ら積極的に行動に移していく必要があるでしょう。

音楽業界がレコードからCD、そしてiPodへと移ったように、今後、本業界も紙から電子へ移行することは間違いないでしょう。
しかし、これまで挙げてきたような意見や分析を見る限り、紙から電子に変えるだけでは、環境への効果はそれほど期待できないようです。
電子化のメリットを活かすためには、私達消費者が率先して環境を考えた行動をする、そして、メーカーも売上を上げることだけに固執せず、環境負荷を考えた商品作りや仕組みを作っていかなくてはならないでしょう。

結局、環境や社会問題を解決するには、人任せにするのではなく、私達ひとりひとりが意識を高く持って行動しなくてはならないということです。
次の世代のため、そして人類が開発した素晴らしい科学技術を活かすためにも、まずは行動を起こしましょう!

リソース:
CleanTech, "The Environmental Impact of Amazon’s Kindle"
Green Press Initiative, "environmental trends and climate impact"
NYTimes, "How Green is My iPad?"
Greenpeace, Make IT Green (PDF)

2010/07/22

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