水道の蛇口からガスが出る?
水圧破砕法(ハイドロ・フラッキング)によるシェールガス開発の危険性
(Photo Courtesy of Gasland Movie)
エネルギー問題は、今、世界の大きな関心事。
石油や石炭などの化石燃料は、限りある資源なので永遠に使い続けるわけにはいきません。
そのうえ、CO2排出量が多く温暖化の要因となっているため、人類が安心して地球上で暮らしていくためには、削減せざるを得ないものでしょう。
原子力は、CO2排出量が少ないため、クリーンエネルギーのひとつとして推進する動きがあったものの、福島の事故から一転、世界的に廃止を訴える声が高まっています。
原料となるウランは限りある資源なのでいずれ枯渇しますし、核廃棄物の処理方法が未だ確立していない中で生産を続けているのですから、持続不可能となることは目に見えています。
なにより、事故が起こったときの影響は計り知れないため、廃止の方向に向かわざるを得ないでしょう。
そこで、環境にやさしく、枯渇することのない再生可能エネルギーへの移行が期待されています。
ただし、再生可能エネルギーは総じて安定供給が難しく、エネルギーごとに解決すべき課題もあり、全面移行が実現するにはまだ時間がかかりそうです。
贅沢な暮らしに慣れてしまった私たちの需要をまかなうことができ、100%安全で安定供給が望める夢のエネルギーなど、存在しないのでしょうか。
実は、夢のエネルギーになり得るかもしれないと、近年大きな注目を集めているエネルギーがあるのです。
それが、シェールガス。
シェールガスとは、地中深くの割れやすく薄い堆積岩層(頁岩(けつがん=シェール)層)に存在する天然ガスのこと。
天然ガスは、化石燃料なのでいずれ枯渇することにはなるものの、CO2排出量が石油や石炭より少ないため、環境にやさしいクリーンエネルギーと認識されていました。
しかも、2000年代に入り、これまで採算性のある掘削は難しいとされていたシェールガスの新たな掘削技術が開発され、そのうえアメリカ国内には今後20年間のエネルギー消費量を賄うだけの莫大な埋蔵量があることが判明したため、全米で、ゴールドラッシュならぬシェールラッシュが起こり、多くのガス会社が掘削に乗り出したのです。
自宅の裏山をガス会社にリースした人々は、思いがけず一攫千金が手に入り大喜び。
ミリオネイヤーならぬ、シェリオネイヤーとも呼ばれ、高価な車を手に入れ、年金に頼らない生活を謳歌するようになったのです。
でも、おいしい話には裏があるもの。
開発が進むにつれ、掘削時にガスが噴出して炎上したり、水中や大気中に有害物質が漏出したりと、問題が多発。
周辺住宅の水道水が黄色や灰色に濁り、蛇口にライターの火を近づけると炎が上がる(上写真)という恐ろしい事例が次々とメディアに寄せられるように。
特に、ウエストバージニア、オハイオ、ペンシルバニア、ニューヨークの4州にまたがるアメリカ最大のシェール層であるマーセラスシェール層では、ガス開発が急増し、それに伴い多くの住民が喘息や頭痛など健康被害を訴えるようになったのです。
通常、シェールガスの掘削には「水圧破砕法(すいあつはさいほう;ハイドローリック・フラクチャリング;通称 ハイドロ・フラッキング)」という技術を用います。
これは、水圧により人工的に地層に割れ目を作りガスを抽出するという手法で、石油や地熱など天然ガス以外の地下資源を採取する際に、以前から使われていた技術です。
これまでの技術では採算が合わず、たとえガスを採取できても事業として成り立ち得ませんでしたが、近年の技術開発により、垂直にのみ坑井を掘っていた既存の方法から、水平に複数層掘り、何段階も破砕を行い割れ目を増やすことで、ガスの採取量が増え、採算性が大幅に向上したのです。
水平破砕は、次のような仕組みで行われます。
まず、地中深くまで坑井を掘り、そこに化学物質含む大量の水を高圧で流し込み、人工的に割れ目を作ります。
次に、砂などを混ぜた支持剤を割れ目に圧入し、割れ目が自然に閉じようとするのを防ぎます。
これを何度も行うことで、ガスや石油の通り道を十分確保し、効率的に採取できるようになります。
しかし、ここでさまざまな問題が発生します。
ひとつは、使用した化学物質が地中に堆積し、周辺にある飲料用の地下水に漏れ出すこと。特に水平掘削の場合はその確立が高いとされています。
蛇口に火を近づけると炎が出るケースは、天然ガス自体が地下水に漏出したものと考えられています。
また、使用した汚水は破砕後に地表に戻されますが、高濃度で汚染されているので、適切に処理されなければなりません。
しかし、汚水を処理場に運ぶまで一時的に貯めておくタンクや貯水所が亀裂を生じたり、降雨で溢れることによって地中や地上に漏れ出すこともあります。
また、破砕用に何度も大量の水を運び入れるのはコストがかかるため、汚水を次回破砕用に再利用するケースもありますが、化学物質が濃縮されて汚染度がより高まるため、再利用を禁止している州もあります。
さらに、大量の水を輸送するため、トラックの往来が激しくなり、周辺地域の大気汚染に繋がる可能性も指摘されています。
採取したガスの一部は大気中に放出されますが、揮発性有機化合物(VOC)やメタンなど有害物質を含むガスが放出されると、人体に害を及ぼしたり、温室効果ガスとして温暖化を進めることにもなります。
シェールガスの水圧破砕による温室効果は、石油や石炭以上になるとする研究者もいます。
(映画gaslandのわかりやすい図解)
アメリカには、飲料水安全法という法律があり、国民が安全な飲料水を得るため、さまざまな規制が設けられています。
この法律には、石油やガス用の掘削・水注入に対して、周辺の地下水を汚染しないよう市民の水を守る規制が以前は設けられていました。
しかし、ブッシュ政権時の2005年に制定されたエネルギー政策法により、この規制から水圧破砕法を除外する旨の改正が加えられたのです。
当時副大統領だったのは、天然ガス掘削設備を製造するハリバートン社の元CEO、ディック・チェイニーであり、現在この法律は「ハリバートンの抜け穴」とも呼ばれています。
このため、州法で規制がない限り、ガス会社は使用した物質を公表する必要がなく、周辺水域や大気への影響を厳しく規制されることもありません。
この事象に気付いたメディアが、一斉に報道を開始しました。
2010年には、ガス会社から掘削用に所有地をリースしないかと持ちかけられたペンシルバニア在住のジョシュ・フォックス氏が、水圧破砕法の危険性を訴えるドキュメンタリー映画「ガスランド」を製作、サンダンス映画祭で特別観客賞を受賞しました。
消費者の認知度が高まるとともに、環境保護庁(EPA)は停止していた水圧破砕法の環境への影響調査を再開。
2011年7月には天然ガス・石油業界に対しVOCや温室効果ガスの排出量制限を設ける規制案を提出しました(EPAウエブサイト)。
州や市など自治体も規制に動き出し、テキサス州では使用した物質の公表を義務化、水圧破砕の開発を禁止している市もあります。
エネルギー自給率向上を目指すオバマ政権は、国内需要のみならず海外への輸入も見込めるシェールガス開発に期待を示していましたが、実態が明らかになるにつれ、調査委員会を設けるなど慎重な姿勢を見せています。
エネルギー業界からはこうした動きに対して不満の声が高まる一方、市民からは規制を求める声が高まり、さまざまな抗議活動が行われています。
もちろん、政府や自治体が規制することも、市民が抗議活動を行うことも、エネルギー業界が利益以外のことを考えることも、とても大切なことではありますが、皆が一丸となって省エネ・節電を促進することも大切なことでしょう。
健康被害があるからシェールガス開発は反対、ガスや石油のために戦争が行われることも反対、原子力は危険だから反対、一方、オフィスや家で贅沢にエネルギーを使い続ける生活を送っていたのでは、問題解決は遠のくばかりです。
エネルギーがなければ便利な暮らしはできませんが、健康や命と引き換えにしてまで望むべきものか、私たちひとりひとりが考えなければならない時が来ているのでしょう。
私たちの増え続ける需要を満たす夢のエネルギーなど、ありえないでしょう。
できるだけ早く再生可能エネルギーに移行し、地球が供給できる分だけを大切に消費する、それが持続可能な唯一の道なのかもしれません。
参考:
環境保護庁(EPA)、水圧破砕法
ウエブサイト:http://water.epa.gov/
ニューヨーク州環境保全庁(DEC)
ウエブサイト:http://www.dec.ny.gov/energy/75370.html
Gasland(ドキュメンタリー映画)
ウエブサイト:http://www.gaslandthemovie.com/
2011/08/19